ピアノの歴史

スクウェアピアノ

その名のとおり、四角い形のスクウェアピアノ

1760年から18世紀末にかけて、イギリスで普及したピアノです。
技術的にはほとんど発展はなかったものの、安価だったため、大変人気があったそうです。

ところで、どうして、それが1760年〜イギリスなのか?

実は1756年プロイセンオーストリアの間に7年戦争が始まっています。
この時代、私たちが思っているような「国」という概念での国は、まだできてない、といってもいい状態です。(ドイツ、という国、まだできてないんですよ。)

国が戦争状態にあるとき。。。当然、いくら音楽好きの王様、といっても楽器どころではありません。なので、ジルバーマンの弟子たちは1760年に集団でロンドンに移住、そのリーダーがツンペでした。


この当時、ロンドンの人口60万、パリ70万。19世紀にはロンドンは世界最大の都市になっています。各国よりも早く市民が力をつけ、産業が発達していたのがイギリス。というか、イングランド。

 

7年戦争で、イギリスプロイセンについていましたから、移住しやすかったのかもしれませんね。

 

戦争とともに、文化も移動する、というのはどの時代も同じなんだなあ、と思います。
スクウェアピアノは、小型で経済的という理由からか、1770年代に1年に何百台も作られていた、といいますから、相当な人気だったわけですね。


小さいと言っても、「クラヴィコードに比べると音量も豊かで、音色も明瞭で、スピネット(小型のチェンバロ)にくらべるとダイナミックスとニュアンスの点ですぐれていた」そうです。

そういえば。。。
よく昔、チェンバロは強弱がつかないから、ピアノでバロックの作品を弾くときは強弱を付けてはいけない、と言われていました。でも、実際チェンバロをやってみると、確かに、タッチの加減では強弱はつきませんが、それ以外のいろいろなこと(アルペジオの音の数、早さ、音の保ち方など)で、変化を付けようと努力はするんです。だから、ニュアンスなしに演奏してはいけないと思っています。

そうはいっても、指先1本で、微妙に音を変化させることができる、というのは、とても魅力的だったというのはわかります。やっぱり人間ですから、自分の細かい感情の機微を音に伝えることができる、という楽器を演奏してみたいですよね。

この楽器が普及するのに一役かったのが、バッハの息子、クリスチャンバッハだった、というお話も面白いなと思います。なんだか長くなったので、またこれは次回。。。